MEZAIK

淹れたてショコラの香りに誘われて。

2022.12.05

淹れたてショコラの香りに誘われて。

2022.12.05

半分フィクション、半分ノンフィクション。どれがフィクションで、どれがノンフィクションなのかは、ご想像にお任せします。(画像*風音 ぽっぽ)

淹れたてショコラの香りに誘われて。

半分フィクション、半分ノンフィクション。

どれがフィクションで、どれがノンフィクションなのかは、ご想像にお任せします。

 

ドキドキ。 ほんの少し、緊張している。

私は、珈琲屋さんのカウンターの前に立っている。ここにはいつも、先客がいる。

どのお客さんも店主さんと仲が良さそうで、常連さんに見える。親しそうに、楽しそうにしているお客さんと店主さんの会話を邪魔するのは気が引けて、誰もいなかったら入店しようと決めている。

 

 

 

風に乗って、その香りは私の元へとやって来る。

手前の交差点を渡りきる辺りで、ふんわりと届く。1日の勤めを終えた帰宅途中、どうしたって、私はその香りに癒されてしまう。

そうしていつも、お店を横目に通り過ぎる。左側に視線を預けながら、ゆっくりと歩く。いつも期待を抱いている。今日は誰もいないかな? 今日こそは!と。

だけど、もう最近は殆ど諦めていた。だって、いつも、いつも、誰かいる。とうとう、ふて腐れてきている今日この頃だ。

と言いつつ、やはり今日も私は少しゆっくり歩く。そのお店の前を通る時だけ、丁寧に歩く。でも、きっと今日も、、と通り過ぎようとしたけれど、まさか。 先客が、誰もいない!

 

胸が、高鳴る。そして、怖気付く。

ずっと抱いてきた夢が叶いそうになると、きっと人は怖気付く。何かが大きく変わってしまいそうで。その夢に近づいていることを実感すると、まだ夢を見ていたいと思ってしまう。

だって、夢を見ることは、楽しい。”変わらない”は、安心する。珈琲屋さんに、入ることでさえも。

 

2種類のドキドキをブレンドさせた状態で、店内を覗きこむ。

あれ?店主さんも、いない?

この珈琲屋さんには、イートインの空間と、テイクアウト専用のカウンター口が道路側にある。

外のカウンター口から、店主さんを探してみると、カウンターの左端にベルが置いてあった。店員さんを呼ぶ際に押す、結構な大きさで音色が響き渡る、押すにはちょっと勇気の要る、あのベル。

押すのか、押さないのか。私次第だ。

そんなにコーヒーに詳しいわけでもない。そんな私が、こんな見るからに本格的な珈琲屋さんのコーヒーを飲んでもいいだろうか。

でも、ずっと、来てみたかった。目の前のベルを人差し指で、押すだけ。

 

深呼吸をしよう。

息を吸ってー、、、コーヒーの香りが強まった。

うわぁ。と心で呟いて、せっかく吸い込んだ息を吐く。ゆっくり、深く、そっと。

右手の人差し指で、ベルを押した。

いち、に、さ、、ん秒数える一拍手前で、オシャレな前髪の店主さんが、目の前に現れた。

「こんにちは。」屈託のない笑顔で。

こんにちはと返してから、「あの、コーヒー、頼んでもいいですか?店内で飲めますか?」とちょっと緊張しながら聞いた。

中へどうぞ。と、店主さんは入口の扉に視線を向けながら私に伝えた。

″引″と書かれている扉を、右手で引こうとして、予想以上の重さに慌てて左手も添えた。

扉を開けると、一気に香る。ふわっと、どころではない。ぶわっと、くる。

 

「うわぁ。」 思わず、呟いていた。

その勢いで、すごい香りですね!と興奮のあまり伝えてしまうと、店主さんは屈託のない笑顔を向けてくれた。その瞬間、緊張はどこかに消えた。

カウンター席の右端に座って、コーヒーの好みを伝える。酸味の少ないショコラっぽいもの、と伝えると、メニュー表の中から2種類のコーヒー豆を提案してくれた。もちろん、決められない。

決められないから、もう豆の名前で決めることにする。甘い香りがしそうな名前の豆に決めた。

こっちにします!と伝えると、少々お待ちくださいね。と店主さんが笑顔で言った。

なんだか、とてもいい香りがしてきた。わくわく。

 

店主さんが、大事そうに、1杯のコーヒーを差し出してくれた。ずっと来たかった珈琲屋さんでの、記念すべき初めての1杯。

シンプルな、真っ白なカップとソーサー。ほんのり、チョコレートっぽい香りがする。猫舌なので、火傷に気を付けながら、ひと口。

「おいしい。」

ありきたりで申し訳ないけれど、あいにく、プロの前でその特徴を語れるほどの者ではない。ただ、スッキリとしていて、ほんのり苦味があって、おいしかった。何より、チョコレートの香りが最高だった。

 

「この豆を購入することって出来ますか?誕生日の人に贈りたくて。」

私は私と同じコーヒーの好みを持つ人を知っている。今週末は、その人の誕生日だ。

「もちろん出来ますよ。今日がお誕生日ですか?」

「いえ、今週の日曜日なんです。バレンタインデー。」

「そうなんですね!私の友人も、バレンタインデーなんですよ、誕生日。」

先程同様、屈託のない笑顔で店主さんが言う。なるほど。この笑顔が、常連さんの多い理由なのかもしれない。

私も嬉しくなって、そこから少し会話が弾んだ。こんなに本格的な珈琲屋さんの店主さんが、元々は紅茶派だったというから驚きだった。

 

(画像*風音 ぽっぽ)

 

「良かったら、こちらもどうぞ。これはサービス。」

そう言って、注文していない2杯目のコーヒーが目の前に差し出された。さっき凄く迷ってたから、と先程選ばなかった方のコーヒーを淹れてくれた。

嬉しさと感謝を伝えて、いただきます。をして、2杯目のコーヒーをいただいた。先程のより、もう少し苦い、かな。たぶん。私のコーヒーレベルは、この程度である。でも、ケーキと一緒に飲みたい味だなと思った。近くで働いていること、実はずっとここに来てみたかったこと、でも勇気がなくて来れなかったことを伝えた。

「また、いらしてください。いつでも。おいしいコーヒーを、お淹れします。」必殺技くらいの破壊力を持つ笑顔で、そう言ってくれた。

 

今度は、もうすぐやってくる自分の誕生日用に、コーヒー豆を買いに来よう。

帰り道に、そう思った。さっきの、ケーキに合わせたい方の豆を買って、ケーキとコーヒーを楽しみたい。

また、新しいちいさな夢ができたな。私はこうやって、ちいさな夢をみて、叶えて。途絶えることはない。そんな日々を、楽しんでいける。

そう思うと、あのベルを押した自分が、ちょっぴり誇らしかった。

 

ふわっと、後ろから風が吹いた。

自分の髪が顔にかかる。髪から、ふわっと、ショコラっぽいコーヒーの香りがした。

そうか。あの常連さんたちも、こうして帰り道に、あの店内の香りと、あの笑顔を思い出して、また行きたくなるのかな。

もう、先客がいても、大丈夫。

私も、常連さんの仲間入りだ。きっと店主さんは、あの必殺技を繰り出してくれる。

 

 

⁂あとがきという名のネタバラシ⁂

ずっと行ってみたいコーヒー屋さんがあるのです。でも、いつも入りづらくて、入れない。

先日、奇跡的に、お客さんが誰もいない!チャンスだ!と思ったらお店の方もいなくて、目の前にベルがあった。勇気を出して、人差し指で押してみた。

しかし、3秒待っても、30秒待っても、お店の方は現れなかった。セキュリティが不安になったけれど、しょんぼりしながら帰った。

このしょんぼりをどうにも処理できなくて、ここに書いた次第です。

だけど、コーヒーの香りがぶわっとするコーヒー屋さんにひとりで行ったことがあるのは本当です。2つのお店のことをブレンドさせて書いてみました。店主さんのキャラクターやその他の事柄については、どれがフィクションで、どれがノンフィクションなのか、ご想像にお任せします^^。

 

*画像 本人私物を含む *記載は本人の感想になります。
(meikライター研究生*C#)
風音 ぽっぽ https://note.com/poppouni913